Yahoo!天気情報“生みの親”は元野球少年 腰痛のたびに転機が訪れる不思議(日刊ゲンダイDIGITAL)

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 入社早々に挑んだのが気象予報士の試験。合格率5%の狭き門で、仕事が終わって家に帰ると毎晩2~3時間の受験勉強。 「初めての一人暮らしでしたが、テレビは買いませんでした。あると見てしまうから。合格するまで絶対買うもんかと(笑い)」  そんな生活を2年半ほど送り、5回目の試験でついに合格するも、やはり無理がたたり腰痛を再発。それから2年間、文字通り寝たきりの生活を送った。 「最初の1年はとにかく痛くて、病院のベッドでつらさに耐えるだけでした。やがて自分でトイレに行けるくらいに回復すると、少し頭も回るようになり、リハビリも兼ねて気象予報士を応援するウェブサイトを独学で立ち上げました。当時、気象予報士は資格をとっても気象の仕事がほとんどない状況。それを何とかしたいという思いもありました」  2年の闘病生活に耐えて社会復帰した池田さん。前職とは別の民間会社に就職した。  その会社では、当時日本では珍しかった「生気象」を応用し、低気圧が近づくと古傷が痛んだり喘息の発作が起こったりという情報を、手塚治虫の人気キャラのブラック・ジャックが教えるiモードサイトを立ち上げたりした。  その頃、当時飛ぶ鳥を落とす勢いで成長していたヤフーと仕事で関わるようになる。すでに気象サイトの「Yahoo!天気情報」はあったが、その目には「天下のヤフーにしてはあまりにチープ」な内容に映った。それを変えたいと思うと、思わぬ行動に出る。所属していた会社を辞め、何の確約もないままヤフーの門を叩いたのだ。 =つづく (聞き手=いからしひろき) ■いけだ・ひろと 1974年、埼玉県生まれ。民間気象会社で生気象学を組み合わせたアプリやモバイルサイトの企画立案を行う。2003年、ヤフーに入社。「Yahoo!天気情報(当時)」のフルリニューアルを行う。05年に独立。08年から日本気象協会と共同で「tenki.jp」の事業運営に携わる。13年、ALiNKインターネットを設立。著書に「ずっと受けたかった お天気の授業」「ずっと受けたかった お天気の授業」(いずれも東京堂出版)。

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(2020/11/22)