「昭和」を刻む16ミリフィルムから復刻された地方の記録(産経新聞)

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 人であふれる「大山スキー場」、看板が乱立しタクシーやバスが行きかう「鳥取駅前」、山陰の大阪と呼ばれた商都「米子の商店街」。昭和39年から56年にかけ、鳥取県が観光PRなどのために制作した16ミリフィルム4本の映像がデジタル化され、一部が静止画(写真)として切り出された。時代は日本の高度経済成長期とほぼ重なる。写真からは、豊かさを求めて「坂道」を駆け上がるエネルギッシュな昭和の息吹が伝わってくる。 【写真】フィルムから切り出された昭和の様子  ■東京五輪の年に就航  米子空港に東京線が就航したのは昭和39(1964)年、東京五輪の年だった。乗客は飛行機(プロペラ機のF-27フレンドシップ)までエプロンを歩き、タラップを上って搭乗した。ターミナルとみられる建物に歩く乗客の写真もあり、簡素な平屋の建物が、中国・上海や香港、韓国ソウルと結ぶ定期便が就航する国際空港となった現在と比べると隔世の感がある。  その当時の同空港の映像を収めたフィルムは、同年ごろに撮影された「全県公園 鳥取県」(24分47秒)。大山の「中の原スキー場」のにぎわいを映した場面もあり、客の多さが昭和の活力を感じさせる。  ■語りは城達也さん  昭和41年ごろに撮影されたフィルム「とっとり」(30分9秒)から切り取られた鳥取駅前は、乗客待ちの箱型タクシーが駅前広場を「占拠」し、丸みを帯びた路線バスがひっきりなしに行きかう姿が街の活気を伝えている。ビルが立ち並ぶ現在と比べると建物が低い分だけ空が広く感じ、開放感にあふれている。米子の中心商店街のひとつ「元町サンロード」も人があふれ、商店の看板は派手でストレート。現代の看板と比べると洗練さには欠けるが、顧客への強いメッセージに満ちている。  フィルムの語りは、FMの人気番組「ジェット・ストリーム」で初代パーソナリティーとしてファンを魅了した声優・俳優の城達也さん。映像は「山陰という暗いイメージはもう鳥取にはない」という重厚な語りで終わるが、あの名調子が浮かんでくるようだ。  ■東洋一の余部鉄橋も  「砂丘と湯のまちとっとり」(19分57秒)は44年の映像。同年に運行を開始したものの7年後の51年に廃止となった「久(きゅう)松(しょう)山(ざん)ロープウェイ」の貴重な映像が残されている。  久松山には鳥取城が築かれ、戦国時代には豊臣秀吉が毛

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(2020/11/20)