「ただ、きれいに死なせてね」 南杏子(作家、医師) 心地よく生きるための医療(産経新聞)

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【新・仕事の周辺】  医学部に入ったのは33歳の時だった。出版社で育児誌の編集に携わっていたが、医師に取材を重ねるうちに医学への興味が断ちがたくなった。  医師になってからは、身につけた医学知識を使って多くの人の命を救うことこそ自分の使命だ、と意気込んだ。内科医としての第一歩は大学病院でスタートした。命を守ることが何より重要で、最優先だと信じていた。多少の苦痛があろうと検査や治療を受けてもらい、食事制限は厳格に行った。  カロリー制限で患者さんの血糖値が下がれば喜び、減塩で高血圧が改善されれば満足だった。肝機能の維持には禁酒を、心臓疾患の患者さんには、恨めしい顔をされても厳格な水分制限を言い続けた。多くの薬を使い、外科治療を積極的にすすめ、高度な専門医療につなげた。  それから約10年がたち、体力にあう働き方をしたくなった。縁あって東京郊外の終末期医療専門病院に入職。行楽客も多い電車で通勤する日々が始まる。新しい病院で出会ったのは、人生の最後の日々を過ごす患者さんたちだった。  病院を移って早々のことだ。  「これこそが命の水なんだよ」。そう言って酒以外は口にしない肝硬変の患者さんがいた。90歳の男性で、酒もたばこも病院で楽しんでいる。それを受け入れ、支える医療態勢に驚いた。  「手術とかはもういいの。ただ、きれいに死なせてね」と言ったのは、肺がん末期の女性の患者さんだった。「女の先生だから分かってくれると思って」と拝むように手を合わされた。  「苦しくないようにだけしてくれればいいから」。ほほ笑む悪性リンパ腫の患者さんからは、病気を治せない医師の限界を諭されたように感じた。  明日をも知れぬ患者さんを前にして、自分の医療常識がいかに薄っぺらいものだったかを思い知らされた。それまでの医学の常識が通用しない世界。人生の最後を心地よく生きるための医療-医学部では教えられなかった医療が求められている現実に気づいた。  医学は科学だけれど、医療は、もしかすると文学や哲学といった分野にも近いのかもしれない…。そんなことを思いながら、私は自分の「仕事の周辺」を小説に書くようになった。  平成28年のデビュー作『サイレント・ブレス』では、終末期医療の現場で患者さんが求める医療と「常識的」な医療とのずれに焦点を当てた。今年は、尊厳死について考える作品として『い

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(2020/11/15)