「ない者」の苦悩と願望:高橋留美子『人魚の森』(新潮社 フォーサイト)

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 私ははじめ、この連作短編を『るーみっくわーるどスペシャル』(小学館)の全2巻版で読んだ。手元にある2003年刊の『人魚シリーズ』(同)は『人魚の森』『人魚の傷』『夜叉の瞳』の全3巻で、前バージョンで未収録だった「夜叉の瞳」と「最後の顔」が加わっている。この文章ではシリーズ全体を指して『人魚の森』と書く。  『人魚の森』のテーマは不老不死だ。  現代から500年ほど前、漁師だった主人公湧太は不老不死の妙薬である人魚の肉を口にする。人魚の肉はほとんどの人間には猛毒で、体に合わなければ即死するか凶暴な怪物の「なりそこない」に変身してしまう。一緒に肉を食べた仲間は死に、生き残ってしまった湧太は「寿命を全うして死ぬ方法」を知るはずの人魚を探す旅に出る。  シリーズ初回の「人魚は笑わない」で湧太は同じく不老不死の身となった真魚(まな)と出会う。続く「闘魚の里」は人魚の肉を求める人間の欲望と、湧太が抱く「自分だけが老いず、死ねない孤独」をストレートに取り上げる。ここまではシリーズ全体の導入部と言って良いだろう。  作品の魅力が一段と増すのは、「人魚の森」前後編からだ。  物語は神無木(かんなぎ)家の姉妹・登和と佐和と、この旧家の主治医である椎名を軸に進む。詳細は未読の読者のために伏せるが、導入の2つの短編が準備した世界で、自然の摂理に反する不老不死を持て余す人間たちの狂気と苦悩が鮮やかに描き出される。  どの短編をとっても、巧みな舞台とキャラクターの設定、多彩でテンポの速いストーリー展開など、そのまま映画化できそうなほど構成の完成度が高い。美しく静謐なカットからアクションシーンまで、マンガ表現も一切緩みがない。  この極上の連作を、高橋留美子は『うる星やつら』『らんま1/2』と並行して、20代から30代にかけて紡ぎだしている。創作意欲と作品の幅の広さには、さすが巨匠と唸るしかない。

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(2020/11/07)