テレビ人気企画「あの大家族」から女子アナになった次女の苦闘(FRIDAY)

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「オレが食べようとした唐揚げだぞ!」 「私のほうが先に手をつけたの!」 夕飯時になると、毎晩のように繰り広げられる兄弟ゲンカ。神奈川県川崎市に住む田中家は、親子2人に6人兄弟の大家族として、たびたびテレビ番組にとり上げられてきた。そんな有名ファミリーの中で、異色の職業に就いた子どもがいる。次女の田中晴子さん(25)だ。現在、フリーの女子アナとして華やかに活躍している。 【画像】あの「大家族」次女が女子アナに バスガイド時代&キャラの強い「家族写真」 「テレビ番組での企業PRや、経営者の方々を前に講演の司会などをしています。覚えることが多く予習が大変ですが、おかげ様で毎日忙しく仕事しています」 そう語る田中さん。だが憧れの女子アナになるまでの道のりは、決して平坦ではなかった。大家族の次女が歩んだ、紆余曲折の半生だーー。 「私たち兄弟が入学したり卒業したり……ことあるごとにテレビにとり上げてもらいました。これまで、10以上の番組で紹介されたと思います。両親に反発しただけで、『晴子ちゃん反抗期』というテーマで放送された。元KAT-TUNの亀梨和也さんや田中聖さんらが、家に来たこともあるんです。中学生の時だったかな。興奮して、舞い上がったのを今でも覚えています」 田中家は、いつも賑やかだった。食事は大皿に盛られ、子どもたちで料理の争奪戦。取っ組み合いのケンカになると、長男や長女が「ジャンケンで決めよう」と仲裁に入る。見事に田中さんを投げ飛ばした三女を、たまたま番組を見ていたプロレス事務所がスカウトしたこともあるという。 ◆小学生の時からカメラの前に 田中さんが幼い頃から女子アナに憧れたのは、賑やかなことが大好きな父親の影響が大きい。 「父はバーを経営していたんです。店内にはステージがあって、壇上で歌をうたい踊っていました。スポットライトが当たり動き回る姿が、とてもステキに見えた。私も目立つ存在になりたい。そう感じるようになったんです」 小学校に上がった田中さんが入ったのは放送委員会。カメラが2台設置され、小学生にしては本格的なスタジオだった。田中さんは「校内放送の時間です」と、毎日カメラの前に立った。 「『声がいい』『女子アナっぽい』と褒められるのが嬉しくてね。中学も放送委員会に入りました。放送部だった高校時代には、NHK高校放送コンテストに出場し神

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(2020/11/05)