【書評】奪う者と奪われる者の爽快なる逆転劇:陳浩基著『網内人』(nippon.com)

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 作品を読み続けるうちに、私たちは今どのような世界に生きているのか、という問題を、いかに知らないまま生きているのか、ぐいぐいと突きつけられているような気持ちになり、とても息苦しさを覚えた。その息苦しさは、香港の息苦しさそのものかもしれない。この作品について、陳浩基自身も「二〇一五年の香港の街を読者に感じてもらえる本である」と語っている。  一人の少女の自殺から、物語は動き出す。  本作の主役を務める女性アイは、自殺少女の姉である。たった一人の家族。絶望の果てに、「なぜ」への答えを求めて彷徨い、たどり着いたのは、電脳世界の住人「網内人」であるネット専門の探偵アニエだった。  アイは、香港人の多くがそうであるように、大陸から渡ってきた移民の子孫である。移民たちが「白手(裸一貫)」ではいあがった成功物語が香港にはあふれているが、それはごく一握りの人々にすぎず、実際のところ大半の人々は香港社会の片隅で慎ましく必死に生きている。  1940年代後半、国民党と共産党の内戦をきっかけに、大量の難民が大陸から香港を目指した。アイの父方の祖父母も人波のなかで香港に渡った。だが、夢を叶えることのないまま1976年の大火で2人とも命を落とした。孤児になった父は同じく大火に見舞われた母と出会って結婚したが、2人は高校にも行かず、あくせくと働き続けるしかなかった。  2人の娘が生まれたが、父は仕事中に事故死に遭う。ほとんど保障も受けられず、母も苦労しながら働いた末、白血病にかかって2人の娘を残して他界する。そして、とうとう、唯一残された妹まで・・  弱い者は何もかもが奪われてしまう。アイと家族は常に奪われる立場にあった。  もともと厳しい競争社会の香港だが、この10年でチャイナマネーが流入し、地価は大きく値上がり、人々のチャンスはさらに限られたものになっている。しかし、そんな社会の構図をひっくり返してしまうウィザード(魔法使い)にたどりついた。それが探偵のアニエだ。マンションの一フロアを「要塞」として、そこにたどり着く人々の全てを丸裸にしたうえで、依頼を受けるか受けないか決める。まさにいまの時代にふさわしい電脳探偵であるが、アニエにはまだ別の顔がある。復讐請負人だ。  アニエは、思いもよらぬ方法で、強者から無慈悲に奪っていく。自分を強者と思い込んでいた者たちは、なぜ奪われたの

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(2020/10/20)