韓国文化財庁「韓国銀行の定礎板、伊藤博文の親筆考証後、撤去検討」(中央日報日本語版)

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日帝の朝鮮総督府初代統監である伊藤博文の直筆として言われている韓国銀行旧本店(現貨幣博物館)礎石(定礎板)の字体に関連し、文化財庁が真偽を考証後、撤去を検討することにした。 【写真】現在のソウル韓国銀行本館建物 12日、国会文化体育観光委員会の文化財庁国政監査で、鄭在淑(チョン・ジェスク)庁長は「韓国銀行の定礎板考証をいつ終えるか」という与党「共に民主党」田溶冀(チョン・ヨンギ)議員の質問に「今月26日に確認監査前までに書体専門家などと共に現地調査を終える」と明らかにした。また、伊藤博文の文字であることが確認された場合、定礎板を撤去するかどうかについては「韓国銀行・ソウル市など関係機関の意見を聞き、文化財委員会審議を経て結論を出す問題」と答えた。 問題の定礎板は1909年に設立されたソウル小公洞(ソゴンドン)韓国銀行旧本店(史跡第280号)に属していて、文化財保護法上、現状変更を行う場合には関連手続きを踏まなければならない。争点は定礎板が本当に伊藤博文の直筆かどうか、もし直筆の場合には撤去しなければならないかどうかにまとめられる。これに関して韓国銀行は「(文化財の)現状変更を要請する条件が整えば(撤去申請を検討)することができる」という立場だ。 韓国銀行の定礎板が伊藤博文の直筆であるという指摘は数年前から提起されていた。2015年12月6日付の中央サンデーに掲載された「中央銀行オデッセイ」という連載物で、韓国銀行の職員が「(伊藤博文が)工事現場を視察し、新しい建物に『定礎』という揮毫(きごう)を残した(1909年7月11日)」と初めて公開したことがある。続いて2016年5月、民族問題研究所が会報「民族の愛」を通じてこれを公論化し、これを裏付ける資料も数多く提示された。現在、文化財庁ホームページの史跡説明にも「日帝強占期にわが国の経済収奪のために日本が設立した中央銀行で、定礎板に伊藤博文の文字として確認される『定礎隆煕三年七月十一日』記録が残っており、日本が行った金融侵奪の歴史を証言している」と明らかにしている。 これに伴い、定礎板の前にこのような事実を指摘した案内文を設置しようという指摘が数年間から提起されていたが、文化財庁とソウル市、韓国銀行の3者協議が数年間空転している状態だった。田議員は別途の報道資料を通じて「韓国銀行は『文化財庁と協議したが妥当な考

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(2020/10/12)