宇垣美里「ああ、この世は地獄だ」/映画『82年生まれ、キム・ジヨン』(女子SPA!)

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 途中からずっと涙が止まらなかった。彼女が何かに打ちのめされるたびに握りしめた拳。手のひらには爪の痕がくっきりと残った。これは感動の涙なんかじゃない。血を吐くほどの悔しさと身を燃やし尽くすほどの怒りの煮こごりだ。  ’82年生まれに多い名前、キム・ジヨン。平均的な彼女の人生は、国を越えた私たちにも馴染み深い平凡な日常の連続だ。  女のコなんだからおとなしくしなさいと言われて育ち、長期プロジェクトからは結婚や育児があるからと排除され、正月は当然のように夫の実家で延々と家事。会議の前のお茶くみはもはや疑問にすら思わない。でも、痴漢されたのは本当に私のスカートが短かったせいだろうか? 男より稼ぎが少ないのは本当に私の能力が足りないせいなんだろうか?  やがて少しずつ狂い始めるジヨンに追い打ちをかけるのが、“家庭的”で“協力的”な“優しい”夫の存在だ。  彼はジヨンを案じるけれど、彼女が洗濯物をたたむ横でビールを飲んでいるだけだし、彼女が仕事を見つけてくれば「いつ働けと言った?」と逆上する。君のために育休を取る、と言いだしたときは目が飛び出た。誰の子どもを育ててるつもりなんだろうか。君をここまで追い詰めた気がして……と泣きだしたときはもう笑うしかなかった。貴様に泣く権利なんてない。  感動のように思えるラストもまた、特権階級に支えられなければ女は自己実現もできないのだと突きつけられた気がした。  ああ、この世は地獄だ。丁寧に丁寧に、美しい映像で描かれたぬるま湯の地獄に、漠然とずっと苦しかったもの、腹が立っていたものの正体が見えた気がした。 『82年生まれ、キム・ジヨン』 ’19年/韓国/1時間58分 監督/キム・ドヨン 出演/チョン・ユミほか 配給/クロックワークス ©2020 LOTTE ENTERTAINMENT All Rights Reserved. <文/宇垣美里> 【宇垣美里】 ’91年、兵庫県生まれ。同志社大学を卒業後、’14年にTBSに入社しアナウンサーとして活躍。’19年3月に退社した後はオスカープロモーションに所属し、モデル・女優業や執筆業などに幅広く挑戦している。

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(2020/10/10)