『嫌われる勇気』著者に聞く、いまリーダーが実践すべき人間関係の心得(ビジネス+IT)

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●なぜ今リーダーシップを掘り下げるのか ──たしかに書籍では、部下との関係の築き方など対人関係にひたすら焦点を当てられていた印象でした。岸見先生が思い描いている理想のリーダー像はどのようなものでしょう? 岸見氏:一言で言えば「民主的なリーダー」です。上司と部下という役割の違いはあるものの、対等な関係であることには変わりがないからです。 ──民主的なリーダー像というと、たとえば「サーバントリーダーシップ」(ロバート・グリーンリーフ氏提唱)などの言葉で語られることも多いと思います。先生の想定するリーダーシップとの違いはありますか。 岸見氏:民主的なリーダー像として似ているものがすでに多くあることには同意します。それらと比べて私が考えるリーダーシップ像に大きな違いがあるとも言いません。ただ、そこの考えに至るまでの道筋が少し違うかもしれない。つまり、私の場合は基本的にアドラー心理学がベースにあるということです。  そもそも、アドラー心理学というのは大変普遍的であり、半ば常識化している考え方です。よくアドラー心理学を指して「ほかの人も同じようなことを言っているではないか」と指摘したり「自分はすでにアドラーと同じようなことを考えていた」と言う方々がいますが、それは逆である可能性があります。  つまり、知らないうちにアドラーの考え方を理解した人たちが、リーダーシップ論に取り入れている、ということです。しかし、アドラーはそれでいいと考えています。自分の考えが広く受け入れられる日が来るのを期待していたのです。 ──アドラー心理学は社会ですでに常識的な考え方として浸透していて、多くの人がそれを理解している、と。 岸見氏:はい、ただ、当然そこでは多くの誤解が生じることもあります。自著の『嫌われる勇気』は大変多くの方に読んでいただきましたが、「嫌われる勇気」という言葉ばかりが一人歩きをしてしまっている印象を受けます。たとえば、リーダーがよく「たとえ部下から嫌われても言うべきことは言わないといけない。“嫌われる勇気”を持たなくてはならない」と誤解している場合があります。 ──それのどこがいけないのでしょうか。“嫌われる勇気”であることには違いがないですよね。 岸見氏:アドラーが提唱した「嫌われる勇気」とは、親ではなく子、教師ではなく生徒、そして上司ではなく部下、と立場的に

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(2020/09/24)