【平成ミニバン白書 4】ファミリーカーが一変した平成。思い出にはいつも ミニバンが一緒だった(Nosweb.jp)

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夢のような時間は突如として終わりを告げた。1991年のバブル崩壊。 働きまくり、毎晩のように遊び回る派手な生活を続けてきた24時間戦士たちは、バブル浮かれで疲れた体を休めるように、穏やかな日常を求めていった。 平成のミニバンブームを牽引した人気車種、プレーリー、セレナ、エルグランド、デリカ、オデッセイ、エスティマエミーナ/ルシーダ、イプサム、MPVの【写真8枚】 家庭回帰現象が顕著になったのだ。もちろん経済的な余裕がなくなったことが大きな要因だが、外食よりも家メシ、休暇も国内/海外旅行よりも近場のレジャー施設へ。生活が大きく変化した。 もしかしたら1980年代の自動車業界もある意味でバブルだったのかもしれない。ターボやツインカムといったハイスペックエンジンが当たり前となり、電子制御やエレクトロニクス技術を駆使した今までにない機能・装備が次々に生まれ、高級化も一気に進んだ。80年代の始めと終わりでは、クルマがまったくの別モノと言えるほど様変わりした。ここにバブル景気が重なったものだから、押せ押せムード一辺倒となり、高級、ハイテク、高性能のバーゲンセールになったのも当然の流れだった。 この反動とバブル崩壊による社会変化で、クルマは乗って楽しむものから使うものへと急激に変わっていった。便利さや実用性を求めるユーザーが増えていったのである。そこに登場したのが商用車ベースではない多人数乗用車。その筆頭がエスティマやセレナ、オデッセイだ。 人がたくさん乗れて、荷物もたくさん積める。室内も広くてシートアレンジなどの遊び心もある。まさに「家族と一緒にどこ行こう」とワクワク感を掻き立てたのだ。 こうして瞬く間に市民権を得たミニバンは、1990年代後半に向けて各メーカーともに車種を拡大。「ファミリーカー=ミニバン」が当たり前となる。そんな平成のミニバンブームを牽引した人気車種を今一度整理してみよう。 日産プレーリーはボンネットを持つスライドドアの3列シート車としてはミニバンのルーツ的存在で、初代が1982年に誕生。写真の2代目は1988年に登場した。シートアレンジも多彩だった。 1991年に誕生した初代・日産セレナ。5ナンバーサイズのセミキャブオーバーのスタイル。後に3ナンバー専用モデルのラルゴが登場したことで、ラルゴの弟分という位置付けとなった。広い室内や多彩な

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(2020/08/14)