三浦春馬さんの訃報に思う。「休む」技術や環境整備、「言葉」の大切さ(HARBOR BUSINESS Online)

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 三浦春馬さんの訃報は胸が痛みました。  自分が2020年7月に上梓した『いのちは のちの いのちへ』(アノニマ・スタジオ)で書きたかったことも、まさにこうした事態を少しでも減らすような、新しい医療の場を願って書いたものでした。  医療の場が「病院」という空間の中だけで限定されてしまうと、自死のような事態を防ぐことは難しくなってしまうのです。  特に芸能界の人、有名人とされる人は誰にも相談できない人が多いのです。亡くなる前に信頼できる人に相談して、重荷を分かち合ってほしかったと思います。自分もそうした力になれる一人になりなかったです。亡くなってからでは遅く、すべては亡くなる前に。  相手が困っている時には、微細なサインを読み取りながら、丁寧に対応する必要があります。そもそも、「言葉」はかなり大雑把なやり取りに終始することが多く、思っていないことを言えてしまうのも「言葉」の特性です。  相手が発している微細なサインを受け取るためには、発される言葉よりも、表情や顔色、視線、声のトーン、その他にもあらゆる身体の表現……そうしたすべてを丁寧に細かく読み取ろうとする態度こそが求められます。役者として何かを演じることのプロであるからこそ、「元気な自分」「いつも通りの自分」を完璧に演じることすらもできてしまうのですから。

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(2020/08/04)