文春編集部に言い伝えられた恐怖の「松本清張伝説」と大作家の素顔(ダイヤモンド・オンライン)
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とにかく、私にできることは取材くらいだと、一生懸命指示をされた取材をしました。
どんな作品でも手を抜かないところが、清張先生のすごいところでした。松本清張と名前がついていれば、適当に書いても絶対売れる時代です。しかし、小心と思えるほど原稿にこだわりがありました。
ご自宅に原稿をいただきにいくのですが、1回にもらえる原稿は400字3枚と決まっています。で、何度も何度も「感想はどうかね」と尋ねられます。1200字に感想を何度もいうのは辛いので、必死で他の話題を持ち出して、逃れるのが編集者の生存術です。一番話をそらしやすいのは、人事の話。清張さんは会社の人事の話が大好きでした。
● 編集者を雨戸から見張る! 恐怖の「松本清張伝説」
原稿をいただいて会社に戻るまでに、もうひとつの難関があります。ちょうど社に着いたころに、清張先生から電話が会社にかかり、編集長と社長が直接感想を聞かれるのです。
私は電車の中で社長と編集長の2人の感想を用意して、帰社後すぐ、原稿のコピーと感想のコピーを社長と編集長の机におくことにしていました。なぜなら、社長に感想も聞くが、担当者にも必ず「社長はどう言っていたかね」と質問をしてくるからです。最初は、人をそんなに疑うのかと思った時期もありますが、この人はトコトン、コミュニケーションがとりたい人なのだと理解するようになりました。
悪い上司がいて、「先生、校閲の担当者がゲラを読んで泣きました」とおべっかを使ったことがあります。すると、次から「校閲の人はどう言っていたかね」という質問が私にきます。正直に、「先生、校閲は基本ストーリーは読みません」と答えると、「ふふッ」と笑い声が聞こえます。
悪い上司はさらに悪ノリをして、今度は「先生、印刷工が泣いていました!」。同様に、「印刷の人はどう言ってるかね?」と質問がきました。当時の印刷は鉛の活字を組む仕組み。1行ごとに下から活字を拾ってゆくので、ストーリーなど読めるはずはありません。