劇画の『まんが道』を探せ! 松本正彦が昭和30年代の大阪を活写『劇画バカたち!!』(夕刊フジ)

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 【マンガ探偵局がゆく】  このコーナーでも紹介した東京都豊島区の「トキワ荘マンガミュージアム」が新型コロナウイルス感染拡大による開館延期を経て、ようやく7月7日に開館した。今回は同ミュージアムに関連した調査依頼だ。  「ニュースでトキワ荘マンガミュージアムのことを知りました。当時のことをよく知りたくて藤子不二雄(A)さんの自伝『まんが道』も読みましたが、若いマンガ家たちが夢に向かっていく姿に、今更ながら感動しました。わが大阪にもトキワ荘のような場所はなかったのですか? また、大阪の『まんが道』のような本があれば教えてください」(浪花のマンガ好き) ◇  もともと大阪は手塚治虫や横山光輝、さいとう・たかを、楳図かずお、川崎のぼる、牧美也子ら戦後のマンガ史をつくった人々を世に出した土地。今も大阪在住のマンガ家は多い。依頼人の浪花のマンガ好きさんはこの点は誇りを持ってもらっていい。  若いマンガ家たちが集う場所は大阪にいくつもあった。そのひとつが、大阪市南区安堂寺町(いまの中央区南船場)にあった八興・日の丸文庫という貸本専門の出版社だ。毎月の原稿料支払日には若いマンガ家たちが集まり、そこから交流を広めていったのだ。  この出会いから生まれた新しいマンガ表現が、昭和40年代に一大ブームを起こした「劇画」だった。  その当時のことを描いたマンガに松本正彦の『劇画バカたち!!』がある。日の丸文庫で出会った若者たち、松本正彦、辰巳ヨシヒロ、さいとう・たかをの3人が、日の丸文庫の顧問格だったベテランマンガ家・多木川を巻き込んで劇画を世に出すまでを描いたセミ・ドキュメンタリー劇画だ。1979年から84年にかけ「ビッグコミック増刊」ほかで連載された。  自身も本名で登場する作者の松本は、心理描写に重点を置いた劇画表現の原点をつくったとされるマンガ家。初めのうちは「駒画」というネーミングを使っていたが、のちに辰巳の提唱する「劇画」に賛同し、さいとうらと「劇画工房」結成に参加した。  松本のペンは、昭和30年代の大阪原風景をバックに、自分たちの手で新しい表現をつくろうと葛藤する若者たちと、出版の東京一極集中で衰退する大阪マンガ界を活写していく。文字通りもうひとつの『まんが道』いや“劇画道”と呼べる作品だ。  ■中野晴行(なかの・はるゆき) 1954年生まれ。フリーライ

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(2020/07/13)