幸せな死、不幸な死:村井理子著『兄の終い』(nippon.com)

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突然主を失ったアパートの部屋は、強い異臭が漂っていた。 「インスリンの自己注射用注入器が入った箱、大量の飲み薬、発泡酒の空き缶、4リットル入りの焼酎ペットボトル数本、生ゴミの入ったゴミ袋、衣類、カップ麺など、ありとあらゆるものが散乱していた。冷蔵庫の側面には、ほこりまみれの宅配ピザのメニューが吊り下げられ、子どもが好きそうなシールがベタベタと貼られていた」 想像するだけでも、なかなかの光景だ。 それでも履歴書に綴られた文章や、薄汚れた壁に貼られた昔の家族写真などの描写に、「お兄さんは実はいい人なのでは?」と期待してしまうのだが、過去のエピソードを読むとそんな気持ちは吹き飛ぶ。 母の死後、手続きや支払いを終えた著者に対して兄が言った「お前、(葬式で)いくら稼いだんだよ」の言葉。 家族や親類に金を無心し続け、悪びれることもない様子。 縁を切りたいとまで著者が心に決めるには、相当の苦労があったのだろう。 それでも加奈子ちゃんとともに45リットルのゴミ袋に遺品を詰めていくうちに、ときに「言葉では説明できない感情がうねりとなって溢れ出てしまいそう」になる。 人が死ぬとは、どういうことなのか。 世の中にはきっと、100%善き人もいなければ、100%の悪人もいない。 肉親だからと言って常に愛せるわけでもないし、モノのように切り捨てることもできない。 死によって、兄の人生に否応なしに直面して生じた面倒くささや懐かしさ、複雑な気持ち。 そんな心の揺れを、著者は格好つけることなく記している。 美談にとどめようとしていないところが、本書の魅力のひとつだ。

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(2020/07/13)