ブガッティ「ヴェイロン」は、東京-名古屋間の新幹線車内で生まれた!(くるまのニュース)
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ここでの「彼」とは、フェルディナント・カール・ピエヒ博士のこと。天賦の才を持つエンジニア、および長きにわたってフォルクスワーゲン・グループの会長の地位にあった人物である。
そして、ピエヒ博士の強力なバックアップのもとに開発がはじめられ、2005年の東京モーターショーにてワールドプレミアされたブガッティ「ヴェイロン16.4」は、現在隆盛を極めている「ハイパースポーツカー」というジャンルを開拓した最初の一台にして、自動車の歴史を書き換えるモデルでもあった。
●アイデア:常識を超えたエンジン
フェルディナント・ピエヒ博士には、新幹線車中で発案した当初から明快なビジョンがあった。それは、強力無比なエンジンが必要不可欠であること。彼が着想した超弩級スーパーカーの成否のカギを握るのはエンジンであり、それはほかの何よりも優先すべき事項だった。
そこで、彼とその部下たちが開発したのは、まさしくエンジニアリングの革命ともいうべき18気筒のエンジンだった。フォルクスワーゲンの挟角V6「VR6」シリンダーを60度ずつ、3方に組み合わせたW型18気筒ユニットを設計したのだ。
このエンジンは自然吸気で、6.25リッターのキャパシティから555psを出すとともに、例外的にスムーズなドライバビリティも提供。より優れたハイパースポーツカー、あるいは超高級サルーンにも転用可能な理想的なエンジンになると思われていた。
現在、ブガッティでCEOの地位にあるシュテファン・ヴィンケルマン氏は、このコンセプトについて、以下のように語っている。
「エンジニアとしても際立つ存在であったフェルディナント・ピエヒ博士が1997年に着想したアイデアは、実に素晴らしいものでした。私は、その時に彼とスタッフたちがおこなった仕事に最大限の賛辞を贈りたいと思います。
この偉大なブランドを復活させるために、ピエヒ博士やスタッフたちが湧き起こした勇気やエネルギー、情熱は、穏やかながら真摯に伝わってきます。私たちは、この時の彼らの熱意に、常に忠実でありたいと思っているのです」
こうして、自ら発案したプロジェクトに向けて邁進することになったピエヒ博士だが、この時の彼にはひとつだけ無いものがあった。それは、彼のエンジンに相応しいブランド。彼は手持ちのもの以上に豊かなキャリアを持つ、エクスクルーシヴなブラ