【新刊紹介】世界的人気作家のルーツ:村上春樹著『猫を棄てる 父親について語るとき』(nippon.com)

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春樹少年がまだ小学校の低学年で、兵庫県西宮市に住んでいた頃の思い出から始まる。うちに居ついた野良猫を、父と遠くの浜に棄(す)てに行ったが、春樹少年らが帰宅する前に、猫は戻っていた。父はほっとしたような顔になって、その猫を飼い続けることになる。 ささやかな話だが、父の人生を語る伏線になっているのは、人気作家の力量だ。京都市内の寺に生まれた父は6人兄弟の次男で、小さい頃、奈良のお寺に見習い小僧として預けられた。そこになじめず、親元に戻された。そんな体験を持つ父は、棄てられた猫が戻ってきて、うれしかったのだ。 大正6年(1917年)生まれの父は、昭和の経済恐慌、泥沼の日中戦争、第二次世界大戦に巻き込まれ、戦後の混乱を生き延びねばならなかった「不運な世代」だった。20歳で軍隊に入り、中国大陸へ。数々の苦しい体験があったらしいが、父はあまり語らなかった。 春樹少年が毎朝の「おつとめ」を怠らない父に、誰のためにお経を唱えているのか尋ねたことがある。父は「前の戦争で死んでいった人たちのため」、つまり仲間の兵隊や、当時は敵だった中国の人たちのためだと言った。戦争は、名もなき市民の生き方や精神を大きく変える。 私立校の国語教師だった父とは、春樹少年が若くして結婚し、仕事を始めるようになってから、長い間、疎遠になってしまう。二人が顔を合わせて話をしたのは、父が90歳で亡くなる少し前、一人息子はもう60歳近くになっていた。和解に役立ったのは、あの猫を棄てに行った共通の思い出だった。 「この僕はひとりの平凡な人間の、ひとりの平凡な息子に過ぎない」。歴史は過去のものではなく、意識してもしなくても、温もりをを持つ生きた血となって流れ、次の世代へと運ばれていくものなのだ、と著者は記す。 表紙にあるような春樹少年や猫が登場するイラストレーションが、本書の中に散りばめられている。台湾出身の若い女性イラストレーターが描いたものだ。昭和を呼び起こすのどかなタッチが、本書をいっそう親しみやすくしている。

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(2020/06/16)