打倒メジャーへ“ノムさんJAPAN”が10試合だけ実現していた…その結果は(スポーツ報知)

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 選手としての日米野球は南海時代の1956年にさかのぼる。ブルックリン・ドジャースとの交流戦で5試合に出場し、10打数無安打。1962年、11月17日のデトロイト・タイガース戦(後楽園球場)では、阪神のエース・村山実とのバッテリーで完封勝利。バックスクリーンに本塁打も放った。メジャーと対戦する度に、試合前に相手ベンチまで行って、メジャー仕様の用具をもらったことをうれしそうに語った。南海と同じ緑がチームカラーだったアスレチックスの、黄色のワンポイントカラーを南海のユニホームに取り入れたというエピソードも明かし、メジャーへの憧れは人一倍だった。

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(2020/02/16)