秋山翔吾背水の覚悟、亡き父は小学時にメジャー意識/インタビュー(日刊スポーツ)
【リンク先抜粋】
レッズへ移籍した秋山翔吾外野手(31)が、背水の覚悟で海を渡る。12日、成田空港から米国へ出発した。渡米前、インタビューに応じ、移籍までの心境の変化を明かした。大きな節目となったのは17年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)準決勝・米国戦での3打席。さらに西武での9年間、期待値という名の“バケツ”に水をくみ続けた葛藤と、亡き父との秘話を語った。メジャー各地でキャンプが始まり、いよいよ20年シーズンが幕を開ける。【取材・構成=栗田成芳】
◇ ◇ ◇
今振り返ると、転機は3年前に訪れていた。17年WBC。秋山は侍ジャパンのメンバーとして世界一に挑んだ。準決勝米国戦に8番中堅で先発。相手先発はロアーク(当時ナショナルズ、現ブルージェイズ)。ツーシーム主体の「動く球」を操るタイプだった。
秋山 完全にツーシーム主体の投手だった。で、もちろん映像を見て、対策していた。日本が全体的にツーシーム系の球に悩んでると思われて、ああいう投手が(先発で)来たんだと思う。その中で8番だから前の打者で傾向をみて、自分の中で対策を持って打席立って、ピッチャーライナーをパンっと打った。アウトだったけど「あ、これちょっといいんじゃね」って。
東京から米ロサンゼルスのドジャースタジアムに舞台を移しての試合。3回先頭で迎えた第1打席だった。思い描いたツーシーム対策がはまって捉えた感触は、今も忘れていなかった。
秋山 要は、みんなが苦戦しているツーシームにきっちりアジャストできたこと。メジャーでは初対戦ばかり。立ち遅れちゃいけない。そういう意味で、あの打席でアジャストできたことは、今思うと大きい。自分が立てた相手投手の球の仮説とかイメージを、打撃として表現できた打席だった。でも課題も見つけた。
1点を追う5回の第2打席は、158キロの速球に詰まりながらも中堅最深部へ。中飛だったが、剛球投手にも対応した好感触を得た。そして1-1のまま突入した7回2死走者なしの第3打席。4番手ダイソン(当時レンジャーズ、現ツインズFA)は、再び動く球を操るゴロピッチャーだった。ボール先行のカウント2-1。下位打線での四球を避けたい投手心理を読んだ秋山は打ちにいった。
秋山 真ん中らへん、真っすぐって思った。僕は1発がある体形じゃないし。打ちにいったら(シンカーを)物の見事にセカンドゴ
